新聞の「ひととき」欄に載っていたお話です。
今から50年も前に白血病で亡くなった男の子。小学校2年生から入院し、長年の闘病の末、5年生の4月に力尽きたという。今なら助かったかもとおっしゃる、86歳のお母様の言葉が身に沁みます。
亡くなってからしばらくして、病院で落書きに使っていたわら半紙の中から出てきたのが、「台風」という題の詩。
「お母さんとはぐれてしまったのかな/
お母さんをさがしているんだろうな/
ないているようでかわいそうだ/
こんどぼくのびょうきがなおったら/
いっしょにそとであそぼう/
お母さんにめぐりあえるかもしれない/
だからそんなに木をゆすったり、たおしたりしないで」
風が吹き荒れている台風を、お母さんとはぐれて怖がっている子供のように思ったのでしょうか・・・
あるいは不安でたまらない、持って行き場のない、自分の気持ちを表現したのでしょうか・・・
「僕の病気がなおったら一緒に遊ぼう!お母さんに会えるかもしれない」・・・
泣けてきますよね〜
その男の子は、長い間、外で遊びたくても遊べない毎日を、ずっと我慢してきたのかもしれません。
「この詩を額に入れて宝物にしてきました」とは、そのお母さんの言葉。
「あれから50年。自分たちが息子の50回忌をしてやれるとは・・・」とおっしゃるお母様。
その思い出は、いったいどんな色をしているのでしょう?
心穏やかに、安らかな日々であられることを祈ります❤️
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