昨日のブログの続きです。
『いのちの停車場』というタイトルはどんな思いを込めたものですか?という問いに、原作者の南杏子さんの答えは・・・
「『停車場』は『天国行きの電車を待つ場所』というイメージです。人生の終末期を迎えたとき、この停車場が心安らかな場所であってほしいという思いを込めました。そこは自宅でも、また病院や施設でもいい。大事なのは温かい環境だと思うんですね。
終末期の患者さんの、病態ではなく人生に目を向けると、誰もが誇らしく歩いてきた歴史をもっています。私は患者さんを尊敬することで、人としてつながっていけると思います。いのちの停車場がひだまりのように、少しでも温かなものでありますように❤️」
なるほど、そのメッセージがビンビン伝わってくる作品でした。
そして、最後に観ている私たちに投げかけられるこの映画の真のテーマは・・・「安楽死」。(このことは2020年1月10日のブログにも書きました)
重いテーマですね〜
主人公の父親は、年老いて、解放されない痛みにさいなまされる。脳の神経からの痛みなのでモルヒネも効かない。打つ手が無く、もがき、苦しみ、自殺を試みるが、自分で死ぬこともできない。
「頼む、殺してくれ」と娘に懇願する。悩んで、悩んで。悩み抜いて、医師であるひとり娘が出した結論は・・・「安楽死」。
今の日本では、安楽死は認められていない。医師がそれをすれば犯罪になる。・・・全てを理解した上で結論を出した主人公は、惜しまれ、引き止められながらも、覚悟を決めて診療所を後にする。
最後は、苦しみ続けて迎えた朝焼けの空を、父と娘が「きれいやな〜」と見上げるシーン・・・そして主人公が泣き崩れる・・・
そして、何と、そこで映画は終わるのです。
・・・そのあと、どうなったの???何が正解だというの???
自分の家族がそんな状況になったら、私は一体どうするだろう?・・・深い、深い、余韻が残る映画でした。
想像以上に考えさせられる映画だったけど、本当に観て良かった〜
何より嬉しかったのは、一緒に映画を観に行った小六のMちゃんと、「いのちに向き合う」話ができたこと。
この映画が無ければ、こんな話をすることはなかっただろうな〜
Mちゃんが話してくれたのは「死」ということの捉え方。
それについては、また明日。(またまた思わせぶりでごめんなさい〜)
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